BWBアジア2019サイドストーリー

WNBAチャンピオンに聞いた

日本女子の両手射ちシューティング

東京2020まであと1年、日本の女子バスケットボールは今、世界の頂点を目指すことを公に掲げ、強化に取り組んでいます。その過程で賛否両論の意見が交わされているホットな話題の一つに、両手射ちのシューティングがあります。814日から17日まで東京都内で開催された、第11回バスケットボール・ウィズアウト・ボーダーズ・アジア(以下、BWBアジア2019)を取材した際、元WNBAの女性コーチにこのトピックスについて話を聞きました

アリソン・フィースターさん
アリソン・フィースターさん
ヨランダ・モアさん
ヨランダ・モアさん

世界的に特異な両手射ち文化

 

今回、元WNBAの女性コーチ、アリソン・フィースターさんとヨランダ・モアさんにインタビューをしたのですが、その内容の前に、日本の女子バスケットボールにおけるシューティングの特異性について、少しまとめます。

日本の女子プレイヤーのシューティングは、伝統的に両手射ちが主流でした。しかし近年、片手射ちが奨励されるようになっています。今からさかのぼること約6年、20131016日付けの『平成25年度 U-14女子トップエンデバー開催報告』には、エンデバーコーチングスタッフ会議での議論に、それまでの「シュートはワンハンドで打つことが望ましい」という考え方を、「シュートはワンハンドで打つ」とあらためたというくだりがあります。

この文書(ネット上で閲覧可能)には、いわば、両手射ちと決別しようという意欲が語られています。片手射ちをより強く奨励するこの流れを受け、講習初日には約1時間30分を費やして片手射ちの指導が行われたことも書かれていました。

この背景には、オリンピックで金メダル獲得などの成果を目指すにつけ、欧米のライバル国がすべて片手射ちであることがあげられます。世界最強のアメリカで、女子プロリーグWNBANCAAカレッジバスケットボールの強豪を見渡して、日本人以外の両手射ちプレイヤーをみることは非常に希で、ヨーロッパのプロリーグでもそれは同じこと。日本のシューティングスタイルは、世界的にみて特異なスタイルなのです。この記事を作るためにFIBA公式サイトでリオデジャネイロオリンピックのフォトギャラリーを見直してみましたが、無数にある写真の中で、両手射ちのシューティングのシーンは3枚だけで、すべて日本のプレイヤーでした。また、日本のプレイヤーも状況に応じて片手射ちでゴールを狙っています。つまり日本でもトップレベルは、今や片手射ちが主流にりつつあるといえます。

しかし国内大会では今でも、ミニバスからトップリーグまでの全領域で、優秀な女子プレイヤーの両手射ちを目にします。対して男子では、どのカテゴリーでも初心者を除いて皆無。そこには明らかに、子どもたちに対する指導における男女差があります。欧米の強豪国にはない性差が、日本にあるのはなぜか? その歴史的経緯については、また別の機会に取り組ませていただくとして、ここでは本場アメリカの女性コーチの目に映る両手射ち文化について、話を進めましょう。

Alison Feaster & Yolanda Moore interview


WNBAレジェンドも絶賛の両手射ち

ただし世界で勝つには…

 

フィースターさんとモアさんの話から、二人ともまず日本独特のシューティングの文化に目を引かれたことがわかります。モアさんは萩原美樹子さんのWNBA時代を知っていたので、「驚いてはいません」と言っていますが、自分たちと大きく異なる考え方と、それによりもたらされる高確率に、認識をあらたにされていたようです。

ただし、両手射ちでの高確率を絶賛する一方で、二人とも注意すべきポイントについてコメントしてくれています。フィースターさんに、両手射ちだとステップバックやフェイドアウェイが難しくならないかと聞くと、一言「Tough(厳しいですね)」との答え。そして、片手射ちでのいろんな技能を身につける必要があると言っています。また、モアさんは、日本の女子プレイヤーたちのシューティング・モーションの素早さを誉める一方、「長身で大きなディフェンスに対して同じようにできるか、調整が必要になるでしょう」と指摘していました。

BWBアジア2019に参加していた日本の女子プレイヤーたちは、すべての局面で両手射ちなわけではなく、フィニッシュのバリエーションが多彩です。また、完成度という意味で、他国のプレイヤーをしのぐレベルにあると感じました。フィースターさんのコメントから、シューティングのみならず全体的なパフォーマンスについて、彼女たちが高い評価を得ていたこともわかります。

しかし、「世界で勝ちたいなら」という前提で語るならば、ここで満足してはいけないということでしょう。それは例えば、以下の写真からイメージできることではないかと思われます。

©fiba.basketball
©fiba.basketball

 

アメリカ代表のマヤ・ムーア選手がスクリーン越しに片手射ちでショットを放つシーンですが、183㎝あり片手射ちのムーア選手はディフェンダー(本川紗奈生選手)の手を気にする必要はなさそうです。しかし、例えばシューターを175㎝の両手射ちに、ディフェンダーを腕の長い185㎝のプレイヤーにそれぞれ置き換えた場合、胸元からリリースされるボールがゴールに向かう軌道が影響を受けそうです。

れが、女子日本代表が世界で体験するスケールではないかと想像できます。

日本にはムーア選手のような存在も、190㎝台が当たり前のフロントラインの存在もありません。つまり、このような攻防は通常のゲームで想定できないものだと思われます。

ちなみにリオデジャネイロオリンピックのアメリカ代表は平均身長が188㎝。185㎝以上が7人おり、その中には203㎝でダンクも披露するブリトニー・グライナーを含め、190㎝以上が5人含まれていました。対する日本代表は平均身長177㎝で、185㎝以上は3人。このフィジカルの差を認識した上で、世界で競うというなら、日本は写真のような状況(正確には写真の日本とアメリカを入れ替えた状況)に備えるために、アウトサイド・シューティングでも多彩で高確率なフィニッシュを瞬時に行うことを求められるだろうことを、フィースターさんとモアさんのコメントは示唆しています。

 

女子のシューティング文化は今後どうなる!?

 

オリンピックとワールドカップにおける過去の女子日本代表の最高成績は、フルコートプレスとそこからの逆襲を最大の武器として勝ち取った、1975年のFIBAワールドカップ(当時は世界選手権と呼ばれていました)コロンビア大会における銀メダルです。

2016年のリオデジャネイロオリンピックでベスト8に残り、2018年のFIBAワールドカップでは9位とはいえ最終的に4位となった強豪ベルギーを倒す金星を手にした女子日本代表は、最新のFIBA世界ランキングで10位に位置しています(2018101日付)。現在でも有力チームの一角に数えられるのは間違いないところですが、世界の女子バスケットボールをリードする存在とさえ言われた1975年当時のチームに匹敵する成果を実現するには、もう一段レベルアップが必要です。 

その過程で、両手射ち文化がどのような変化をみせ、どのような役割を果たすのか。また片手射ちの文化はどんな形で広がりをみせるのか、あるいはみせないのか…。

 比較的小柄な日本の女子プレイヤーにとって、シューティングは大きな武器となるべきもの。その成果がチームのパフォーマンスに直結するだけに、この議論でどのような未来像を目指して育成や強化に取り組むのかには、大きな意義があります。これはトップレベルだけではなく、全国で子どもたちと接する指導者、またバスケットボールの普及にかかわるメディアメンバーの一人一人にとって、真剣に考える価値があることなのではないでしょうか。

 

Text by Takeshi Shibata / O-Media